大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(ネ)3119号 判決 1979年2月28日

控訴人

静岡信用金庫

右代表者

天野四郎

右訴訟代理人

御宿和男

廣瀬清久

被控訴人

太邦工業株式会社

右代表者

籏埜裕久

右訴訟代理人

山西健司

松井隆雄

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加訂正するほかは、原判決の事実摘示どおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決四枚目裏九行目から一〇行目にかけての「残額二三一万二、六四七円」の次に、「(当座解約残金六五二円、割引手形相殺残金五二万六、三九六円、本件(一)ないし(四)の手形の取立入金三五七万二、九五〇円、戻し利息金一万二、六四九円の合計金四一一万二、六四七円と本件(六)の手形の買戻請求権一八〇万円の差額)」を加える。

2  原判決添付別紙手形目録(原判決一〇枚目表)四行目(本件手形(二))中「富士銀行新井町支店」とあるのを「富士銀行菊井町支店」と改め、同目録の末尾に、「右手形は、(二)および(五)を除き、約束手形である(二)および(五)は為替手形であつて、振出人欄記載の者は、引受人兼支払人である」と付加する。

<証拠省略>

理由

第一主位的請求について

一請求の原因一項の事実は、当事者間に争いがない。

二抗弁について

<証拠>(なお、乙第一号証は、証人山田幸夫の証言により、控訴人が手形貸付・割引等の取引を行う場合相手方と取交わす信用金庫取引約定書のひな型で、控訴人と訴外加賀田奉昭間に取交わされた約定書にも同一事項が記載されていたものと認める)、ならびに<証言>を総合すると、抗弁一、二、三、四項の各事実を認めることができる。(但し本件手形(一)ないし(四)が支払期日に支払われたことは、当事者間に争いがない。)

三再抗弁一について検討する。

前記認定にかかる控訴人と訴外人間の信用金庫取引約定に基づく合意は、銀行その他の金融機関の取引約定に同旨の特約がしばしば見られるところであつて、その趣旨とするところは、信用供与の一つの手段である手形割引について、直接の取引先である割引依頼人に信用悪化の事態が生じた場合に、その資金の早期かつ安全な回収を図ることを目的とし、金融機関の有する債権について、実質的に自行預金を担保とするにあると解される(いわゆる相殺の担保的機能)。そして、一般に、担保権者は、担保権について権利を行使することがきるようになつた場合、その担保権を行使するかどうか、また、いつこれを行使するかなどは、債権回収の安全、確実かつ便利などを考慮したうえで、みずから自由に決めることができるとされていることからすると、同様に、満期未到来の割引手形の買戻請求権を預金債務と相殺することにより行使するについても、金融機関は、手形買戻請求権を行使することができるようになつたあとは、信義則違反ないし権利の濫用などの存しないかぎり、その任意に選択する時期に、いつでもこれを行使することができるものと解するのが相当で、本件の場合、控訴人は、訴外人が取引停止処分を受けた昭和五一年六月四日以降、右の特段の事情のないかぎり、いつでも訴外人に対し、本件各手形――それが通常の決済手続で決済されるか否かを問わない――の買戻請求権と預金債務との相殺をなしえたものといわなければならない。

被控訴人は、満期未到来の割引手形の買戻請求権と差押を受けた預金返還債務とを相殺する場合、相殺の効果は、通常の決済手続によつて弁済を受けることができなかつた割引手形についてのみ生ずると解すべきであると主張するが、上記のようにこのようには解しえないばかりでなく、相殺の効果をこのように限定的に解することは、たとい相殺の効果自体は遡及するものと解しても、手形買戻請求権の権利を行使しうる時期すなわち履行期を実質的に割引手形の満期と定めたものに等しくして、相殺適状がいつ生ずるかを不明確にし、さらには、満期前の相殺の効果を認めないことにより前記担保的機能に大きな制約を加えることになる等、かえつて妥当でない結果を来たすこととなり、相当でない。

従つて、被控訴人の右主張は、採用できない。(前記信義則違反、権利濫用等の事情の有無については、後に判断する。)

四再抗弁二について検討する。

(一)  <証拠>によると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 控訴人金庫における他処払いの手形の取立方法については、集中取立方式と広域交換取立方式との二種類があり、集中取立方式においては、全国信用金庫連合会の定める集中取立取扱要綱によつて手形を取立に出し、たとえば、東京都区内を支払場所とする手形等については東京都に所在する同栄信用金庫、大阪市内を支払場所とする手形等については大阪市に所在する大阪市信用金庫あてに、それぞれ、関係する手形等をまとめて、毎月一回あらかじめ送付して、手形等を支払のために呈示するものとされていた。

そして、本件手形(一)については昭和五一年四月三〇日同栄信用金庫あて、本件手形(三)、(四)については同年五月三一日大阪市信用金庫あてに、集中取立方式に則り、それぞれ、送付手続がとられた。

(2) 他方、広域交換取立方式は、控訴人と静岡銀行等との間に取り決めているものであつて、たとえば愛知県下を支払場所とする手形等については、取扱量が少ないので、この方式によることとしており、その方法は、静岡銀行の場合、支払期日の前日、平日午後三時までに、控訴人が関係する手形を静岡銀行本店に持参し、翌日(支払期日である)、愛知県下の同銀行の支店においてこれを支払場所で支払のために呈示するというものであつて、控訴人は、本件手形(二)については、昭和五一年九月二四日この方式により、静岡銀行本店に持参して、手続をとつた。

(3) 右の各手続がとられた結果、本件手形(一)ないし(四)は、それぞれ支払期日に支払のために呈示され、手形金が支払われた(支払期日に手形金が支払われたことは当事者間に争いがない。)。

(二)  ところで、訴外人が、昭和五一年六月四日取引停止処分を受け、控訴人の訴外人に対する金一、四一〇万七、八一〇円に及ぶ手形買戻請求権が発生したことは、前記のとおりであるところ、<証拠>によると、その頃訴外人の控訴人に対する預金は約金四四〇数万円程度しかなかつたことから、控訴人は、前記買戻請求権と右預金債権等を直ちに相殺すると、かえつて、多額の買戻請求権の回収に困難を来たすおそれがあるためこれをせず、割引にかかる手形についてその決済方を待ち、漸次買戻をすべき手形債権の金額の減少を図つていたこと、控訴人は、本件手形(六)(額面金一八〇万円)を除くその余の本件手形(一)ないし(五)の金額(額面合計金四〇二万二、五五〇円)が訴外人の控訴人に対する右預金債権等の限度内になつてはじめて、昭和五一年九月二二日本件手形(一)ないし(五)の手形買戻請求権と訴外人の預金債権とを対当額にて相殺したこと、金融機関か相殺を行う場合、このように手形買戻請求権の額と自行預金の均衡化を配慮し、担保とする自行預金の範囲内になるまでなるべく相殺を差し控え、その間本来の手形の決済またはその他の方法による手形金の回収を図ることは、通例行われているところであつて、控訴人は本件の場合に限りとくに右のような取扱いをしたわけではないこと、ならびに、控訴人は右相殺後本件手形(一)ないし(四)を支払期日に支払のため呈示したが、これは、右手形がいずれも他処払い手形であつて、本件手形(一)、(三)および(四)は集中取立方式によりすでに他の金融機関に送付しており、本件手形(二)もその取立のためには広域交換方式によるほかなかつたところ、支払期日が極めて切迫していたため、割引依頼人たる訴外人との関係において、同人のために手形上の権利の保全を図る必要上、支払呈示したものであることが認められる。

そして、本件手形(一)ないし(四)が各その支払期日に手形金が支払われたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件手形(六)も支払期日に支払のために手形が呈示され手形金額が支払われ、また本件手形(五)(為替手形)については、支払のための呈示が行われず、これに代るものとして、引受人兼支払人東海ゴム化工株式会社から同額の金四四万九、六〇〇円の小切手が振り出されて、決済され、その金額が実質的に回収されたことが認められる。なお、本件手形(一)ないし(四)の入金が訴外人の別段預金として保管されたこと、控訴人が本件手形(六)の買戻請求権と右別段預金を差引計算したこと、ならびに控訴人が残額二三一万二、六四七円を昭和五一年一〇月九日訴外人に支払つたこと(抗弁四項の事実)は、前記抗弁の判断において認定したとおりである。

(三)  原本の存在および<証拠>によると、控訴人は、昭和五一年九月八日、本件仮差押についての大阪地方裁判所からの陳述催告命令に対し、同裁判所に対し、仮差押債権四四六万七九八三円は認諾するが、訴外人に対しすでに弁済期の到来した金五八二万二、五五〇円の債権を有し、本件仮差押債権金四五〇万円について相殺権があるので、支払う意思がない旨の陳述書を提出していること、また、本件仮差押後、相殺の行われる前、被控訴人が控訴人(金庫)に赴き、訴外人の定期預金等(本件差押にかかる債権)の払戻を請求したところ、控訴人は、被控訴人に対し、訴外人に対する手形債権をもつて相殺する予定であると述べて、その払戻請求権を拒絶していることを認めることができる。

(四)  以上の事実関係のもとにおいて、本件相殺ないし差引計算の当否について検討する。

割引にかかる本件手形(一)ないし(五)の手形買戻請求権は、昭和五一年六月四日に発生しており、爾後、その権利をいつ、どのように行使するかが控訴人に委ねられていることは、前記説示のとおりである。

被控訴人は、本件手形の支払期日が接近し、その期日に手形を呈示すれば容易に債権の回収ができるのに、控訴人がその前日に相殺権を行使し、その後差引計算をし本件差押を失効させたのは、権利の濫用として許されないという。

しかし、控訴人としては、相殺の時期は本来自由に選択することができるものであつて、ただ、単に本件手形(一)ないし(五)の支払期日に切迫して相殺が行われたということだけで、それが権利の濫用になつて許されないというわけではない。

もつとも、手形買戻請求権者たる控訴人が債務者たる訴外人と結託して、差押債権者たる被控訴人の差押債権を消滅させ、被控訴人に損害を与えようとする目的で、相殺ないし差引計算を行つたような場合には、そのような相殺ないし差引計算は信義則に反しまたは権利の濫用であつて、許されないものと解するのが相当であるが、本件では、全立証によるもかかる事実は認められない。なお、本件においては、前記(一)ないし(三)に掲げた事実関係が存するのであるから、この一連の事実関係に照らして考えれば、控訴人が割引手形の支払期日の直前に相殺を行つたこと、本件手形(五)を除くその余の手形については各その支払期日に支払のための呈示がなされ、手形金が支払われ、本件手形(五)についても実質的にその金額が回収されたこと、控訴人が最終的に差引計算をし残額を訴外人に支払つたことの諸事実から、控訴人に、訴外人と結託して被控訴人の差押債権を消滅させ、被控訴人に損害を与える意図があつたと推認することもできない。

従つて、被控訴人の右主張も、採用できない。

第二予備的請求(原判決事実摘示請求の原因の三および四)について

被控訴人は、控訴人が故意、過失により、被控訴人の本件差押債権の取立権利を違法に侵害したことを主張するが、控訴人が満期未到来の本件手形(一)ないし(五)の買戻請求権と被控訴人の本件差押債権と適法に相殺したこと、その後、控訴人が手形金の支払を受け、最終的に差引計算をし、残額を訴外人に支払つたが、その過程において、控訴人に、訴外人と結託して被控訴人の差押債権を消滅させ、被控訴人に損害を与える意図があつたことは認められないことは、前記説示したとおりである。

そうだとすると、控訴人が手形金の支払を受け、これを(自己の債権と差引計算をしたうえ残額を)訴外人に交付し、そのため、被控訴人がその金員を受領することができなくなつたからといつて、被控訴人に対する関係においてこれを不法行為であるということはできず、全立証によるも、他に控訴人の故意、過失により被控訴人の本件差押債権の取立権利が違法に侵害されたことを認めることができない。

従つて、この点に関する被控訴人の主張もまた、採用することができない。

第三以上説述したとおり、被控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきである。

よつて、これと異なる原判決を取り消して、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(大内恒夫 森綱郎 奈良次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例